2006年5月 1日 (月)

幻の短編

気ぜわしい休日の谷間、やっとひとりの時間を見つけ、「オール読物」五月号を取り出した。ページをめくる。お目当ては藤澤周平の短編。

「オール読物」は、先月号から“発掘!藤周平”の企画で、藤澤周平の無名時代の作品を掲載している。今回は第二弾。(4月号は、のんきにかまえてて買いそびれ。藤澤人気のすごさ。あっという間に売り切れてたんだ~)

「無用の隠密」と「残照十五里ヶ原」の二編を、一気に読む。昭和30年代後半(?)に、小雑誌に掲載された作品。私が今まで読んだ作品を“円熟の藤澤”とするなら、これらは“発展途上の藤沢”・・か(な~んて、受け売り・・)。ブレイク(!)する前の若き時代、書いては売り込み、没にされては又書く~~をくり返していた頃、日の目を見なかった作品は、行李いっぱいあったらしい。

二編とも、私には、単純に、おもしろかった。「無用・・・」は、冒頭の書き出しから緊迫感があって、たちまち、話に引き込まれた。情景の描写、会話の端々に、その時代の有様が垣間見られ、作者の豊富な時代知識が分かる。また、「残照・・・」の方は、戦国時代の庄内支配の争いを描いているのだが、正確な史実にもとづいていて、短編歴史小説としても濃い中味になっている。

読み終わって、本を閉じようとした時、私は、いつもの読後感と違う、何か足りない物を感じた。・・・それは、余韻。藤澤周平の作品を読んだ後なら、必ず、胸の奥から湧いてくるジーンとするもの。いつまでも、私に、ページを開いたままにさせるもの・・・。その、余韻をこれらからは味わえなかった。

でも、今回、初期の作品を読むことができて良かった。改めて“円熟の藤澤”の魅力を再確認できた。行李をいっぱいにするほどの、多くの作品を書き続け、書き続け、彼は後の自身の作風を作り上げてきたのだろう。

無駄がなく簡潔でいて、リズムのある文体。状況が目に浮かぶほどに詳細で正確な描写。読み終わったあとに感じる共鳴感・・。藤澤の作品のこれらの魅力は、歴史への深い造詣、を核に、若き日の努力と苦脳の積み重ねで、磨かれて、作られたに違いない。

ダイヤの鉱石をさがすようなワクワク気分で、「オール読物」6月号の、第三弾も楽しみに待っている。

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2005年11月 8日 (火)

「忘れ形見」

「僕、自伝出したんですが、読んでもらえますか?」

いつものようにさわやかな笑顔で、彼はこの本を差し出した。

「こう見えても、僕、けっこう波瀾万丈な人生を送ってるんです」と。

彼、H.M.氏は、ときおり健康食品を届けに我が家を訪れるが、本業は画家。

この「忘れ形見」にも、彼自身の作品が何点も掲載されている。

絵音痴の私だが、独創的で大胆なタッチの絵が、あたかも彼の心情を吐露しているように感じる。

早くに御両親が離婚し、彼はその後、父方、母方の間を転々とし、幼少時をすごした。

大人達の勝手な都合に翻弄され、小さな心を傷だらけにしながら、

“やっかいものの自分”が、安心して身を置ける、眞の居場所を探してきた。

そして“不幸でないんだ”と自分を装い、“小心じゃないんだ”と強気に振る舞い、

心に仮面をつけて生きることを覚えたのだろう。

そんな境遇の彼が道を外れなかったのは、おばあちゃんの愛情と、絵への情熱があったからだという。

彼は、今、自分らしく、生き生きと活きている。

そんな彼にメッセージを・・・。

 拝啓H.M様。

「忘れ形見」読ませて頂きました。

境遇に恵まれなかった幼いM君と、現在の明るい笑顔の貴方が、私の中で交錯し、

不思議な気持で、一気に読み通しました。

あとがきに、「この本を読んだ方が僕を見て泣いたり、励ましてくれたり」と、書いていますが、

私は少し違った気持を持ちました。

あの頃の幼いM君を、私は頑張れと抱きしめ、力づけてあげたい。

でも、H.M.さん、現在の貴方には、ただ笑顔を返したいです。

そして、親指を立てて「ナイス!」って言いたいくらい。

過去のすべてのものが、貴方の心の肥料になって、貴方を大きく育てたって思ったからです。

この本をお書きになった時点で、貴方はきっと御自分自身を客観的に見られ、

乗り越えられたのではないでしょうか。

御自分を、生い立ちから身辺のことまで、隠さず“さらけだす”ことにより

見事に心の仮面をはずされたんだと思うのです。

あなたは、自分を媒介にして、世の人に人生を考えて欲しい、ということを記しておられました。

それを読んだ時、私は理解できたのです。

貴方の、まったく陰りのない笑顔の所以はそのお考えだと。

いろいろ私の勝手な感想を申してしまいました。

では、また。                  かしこ

追伸。絵画の作品展があるときは、またお知らせください。

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