2008年6月 4日 (水)

“水の都”を、救え!

“中国・蘇州をふたたび『水“の都』に!”。・・・今春、日中合同のプロジェクトが始まったいう。TBS系テレビ『夢の扉』という番組を、私は興味深くみた。

・・・あの水路の水をきれいにするのだって?私は、昨秋、ツアーで、たまたま蘇州を訪れていた。歴史の街・蘇州の名所観光の後、“運河めぐり”で舟に乗り、巡った水路、そこで目にしたのは、悪臭を放ち黒くよどんだ汚水の川であった。

片岸で洗濯をし、片岸でマートン(便器)をすすぐ光景を目の当たりにし、私は、蘇州の裏側の顔をみた思いであった。

蘇州が、かつて“水の都”と言われていた時代、水路沿いに暮らす人々にとって、そこに流れる水は、大切な生活用水であった。清らかな水には魚が泳ぎ、人々は水浴びを楽しみ、野菜を洗った。飲料用にもできるほど澄んでいたというかつての水の流れ。そのおもかげのかけらもなかった。

この地区には未だ下水設備が整ってない。そのため、人々の生活汚水が、延々と、水路に流れ続け、水の姿をかえてしまったのだ。

今や、水質基準“10”という最高の汚染度。アンモニアと同じだという水中には、魚はおろか生き物と名が付く物は生存せず、ヘドロの黒い花がコールタールのように咲いて(?)いるだけという。

・・・・・“水の都を救って”と、日本から招かれたのは物質工学が専門の小島 昭 先生という方。彼は、汚染が原因でうなぎが消失した後の猪鼻湖(静岡)の水質を浄化し、見事に天然うなぎの発生を復活させたという実績のある、水質浄化のスペシャリストだ。

小島先生の方法は、炭素繊維を利用する。もともとは、浄化作用のある炭が原料のものという。

番組では、水路10メートルにわたって両岸に杭をうち、1メートル間隔に炭素繊維の束を水中につりさげて、実験した。

そして1ヶ月後。炭素繊維には黒い汚れが付着し、体積が何倍にもなっていた。しかし、悪臭はない。そして、なんと、魚の卵が付着し、魚の生存が証明された。炭素繊維は水草の役目をし、ふたたび生き物が生まれようとしていた。

炭素繊維に付着した汚れに生物膜が出来、そこに微生物が発生し、その微生物を食べる魚が生まれる・・・という浄化の連鎖作用であると、説明されていた(・・・ように記憶する)

ともかく、“2020年までに水の都を復活しよう”を目標に、この日中合同のプロジェクトは現在進められている。

はたして、蘇州が、ふたたび“東洋のベニス”の代名詞で呼ばれる時がくるだろうか・・・?

当地の行政によって下水設備が施されないかぎり、人々は、今後も汚水を水路に流し続けるのではないかしら。炭素繊維と、生活汚水との、いたちごっこになるかも。目的が達成できるには、限りなく長い時間がかかりそうな気がする。

小島先生が番組の最後で言った言葉が印象にのこる。「・・・・ひとりひとりが、水を大切にする心を育むことが大切です・・・」

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“水の都”を、救え!

“中国・蘇州をふたたび『水“の都』に!”。・・・今春、日中合同のプロジェクトが始まったいう。TBS系テレビ『夢の扉』という番組を、私は興味深くみた。

・・・あの水路の水をきれいにするのだって?私は、昨秋、ツアーで、たまたま蘇州を訪れていた。歴史の街・蘇州の名所観光の後、“運河めぐり”で舟に乗り、巡った水路、そこで目にしたのは、悪臭を放ち黒くよどんだ汚水の川であった。

片岸で洗濯をし、片岸でマートン(便器)をすすぐ光景を目の当たりにし、私は、蘇州の裏側の顔をみた思いであった。

蘇州が、かつて“水の都”と言われていた時代、水路沿いに暮らす人々にとって、そこに流れる水は、大切な生活用水であった。清らかな水には魚が泳ぎ、人々は水浴びを楽しみ、野菜を洗った。飲料用にもできるほど澄んでいたというかつての水の流れ。そのおもかげのかけらもなかった。

この地区には未だ下水設備が整ってない。そのため、人々の生活汚水が、延々と、水路に流れ続け、水の姿をかえてしまったのだ。

今や、水質基準“10”という最高の汚染度。アンモニアと同じだという水中には、魚はおろか生き物と名が付く物は生存せず、ヘドロの黒い花がコールタールのように咲いて(?)いるだけという。

・・・・・“水の都を救って”と、日本から招かれたのは物質工学が専門の小島 昭 先生という方。彼は、汚染が原因でうなぎが消失した後の猪鼻湖(静岡)の水質を浄化し、見事に天然うなぎの発生を復活させたという実績のある、水質浄化のスペシャリストだ。

小島先生の方法は、炭素繊維を利用する。もともとは、浄化作用のある炭が原料のものという。

番組では、水路10メートルにわたって両岸に杭をうち、1メートル間隔に炭素繊維の束を水中につりさげて、実験した。

そして1ヶ月後。炭素繊維には黒い汚れが付着し、体積が何倍にもなっていた。しかし、悪臭はない。そして、なんと、魚の卵が付着し、魚の生存が証明された。炭素繊維は水草の役目をし、ふたたび生き物が生まれようとしていた。

炭素繊維に付着した汚れに生物膜が出来、そこに微生物が発生し、その微生物を食べる魚が生まれる・・・という浄化の連鎖作用であると、説明されていた(・・・ように記憶する)

ともかく、“2020年までに水の都を復活しよう”を目標に、この日中合同のプロジェクトは現在進められている。

はたして、蘇州が、ふたたび“東洋のベニス”の代名詞で呼ばれる時がくるだろうか・・・?

当地の行政によって下水設備が施されないかぎり、人々は、今後も汚水を水路に流し続けるのではないかしら。炭素繊維と、生活汚水との、いたちごっこになるかも。目的が達成できるには、限りなく長い時間がかかりそうな気がする。

小島先生が番組の最後で言った言葉が印象にのこる。「・・・・ひとりひとりが、水を大切にする心を育むことが大切です・・・」

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2008年5月27日 (火)

『善き人のためのソナタ』

久々に、心を動かされる映画に会えた。しかも、我が家の茶の間に居ながらにして。

『善き人のためのソナタ』は、ドイツ映画。2007年のアカデミー賞・外国語映画賞を受賞した作品だ。

3月のアカデミー賞の時期にWOWOWで放映されたのを、DVDに録画したままにしていた。ハードの残時間が少なくなったので、思い出した。消去しないで良かった~。

この映画、社会主義国家・東ドイツが存在していた1980年代が舞台。

国家の体制は、シュタージ(国家保安省)の監視のもとに保たれていた。友人、隣人、時には家族さえからの密告があり、国民は、自由な思想をもつことが許されなかった。

・・・・冷徹非情なシュタージ。物語は、一人の優秀なシュタージの局員ヴィースラーが、自由主義的な考えを持つ劇作家の生活を、盗聴で探るうちに、じょじょに人間らしい心を取り戻していく(いえ、初めて知る!)。

ヴィースラーは、盗聴マイクをとおして、劇作家やその友人達が交わす芸術論、恋人との愛にあふれた会話などを、職務として、日々聞くことになる。そして、ある日、流れてくるピアノの美しい旋律。それは、『善き人のためのソナタ』という曲。この曲を本気で聴いたものは悪人になれないという、“心溶かすソナタ”であった・・・・。

この映画にはモデルはなく、フィクションだという。たしかに、現実、全体主義国家で洗脳されて生きている人間が、自分の意志で簡単に変節することは、表だって知られることはないかもしれない。

でも、どんな冷徹な人間でも、心の奥に、秘めた人間性をもっている。閉じたままの心を開かせるもの、それが、音楽であり愛であるということを、この映画は教えてくれた。

東西ベルリンの壁が崩壊したのは1990年のことであった。つい18年前まで、東ドイツでこのような非人間的なことが行われていたことを知り、私はあらためて驚愕した。

ヴィスラーを好演したウルリッヒ・ミューエという男優は、東ドイツ出身である。そして、驚くことに、かつて彼自身は、一貫して東ドイツのシュタージの監視のもとにあったという。

彼自身は、まさに役柄とは真逆の半生を送っていたことになる。どのような気持でこの映画に取り組んだのかと興味深い。

彼の名演技が光る。ヴィスラーは『善き人のためのソナタ』を聞きながら、感動のあまり一筋の涙を流した。演じたウルリッヒ自身の表情のすばらしさを、私は忘れることはできない。

この映画がアカデミー賞を受賞した翌年、彼は胃ガンのため、54才で亡くなったと知った。彼は、病に冒されているのを知りつつ、いえ、知ったからこそ、このヴィスラーを渾身の力で演じたのかもしれない。そんなことをふと思った。

ウルリッヒ・ミューエの名演あってこそ、この映画の感動が深かったことは確かである。

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2007年11月 3日 (土)

『ヘアスプレー』

1960年代初期のアメリカンポップスとダンス、ファッションが全編あふれ、座席の下で足でリズム踏みながら、楽しんで見た。Hearspray

明るく歌もダンスも上手いが、おチビでおデブの女子高校生トレーシーが、挫折しかけたり障害に遭いながらも、見事にテレビの人気ショー番組のレギュラーの座を獲得していく・・・というお話。

見かけやコネで物事を決めてはいけない。既成のアイドル像からかけはなれたトレーシーは、実力で自らの夢をかなえる。そして、そのことは、来るべき新しい時代への幕開けを暗示しているかのように、人種差別がまだ公然とおこなわれていた60年代のアメリカの社会問題にも一矢を投じている。

主役のトレーシーを演じたニッキー・ブロンスキーは、1000人のオーでションから選ばれた新人。この映画がデビュー作で、それまではアイスクリームショップの店員さんだったとか。迫力のある歌唱力、愛嬌のある演技は堂々としたもの。・・・『ドリームガールズ』のジェニファーハドソン同様、「まさに適役」の新人誕生だ。既成のスターでなく、つぎつぎに、才能を持った若い“スターの卵”が出現する、そんなアメリカは、さすがエンターテイメントの先進国だ。

あと、印象深かった出演者たちだが・・・

女装のジョン・トラボルタ。メイクに4~5時間かけたというが、まこと、原形(?)をとどめない名扮装。肉の間から見える、象の目のような細い目だけが、“トラボルタ”であることを確認させてくれた。“ダボダボムッチリ”の肉好きのよい腰、“クネクネ”する動作はユーモラスで、吹き出さずにはおれない。まさに迷(?)名演。

ヒロインが憧れるザック・エフロン。昔のスター、リッキー・ネルソンにどこか似た、澄んだ青い目がセクシー。甘いマスク。だが、ただのイケメンではない。歌もダンスも最高に上手い。「すごい新人だ~」なんて思ってた私は、あとで自分が無知であることを知った。なんと、彼は、目下、全米ナンバーワンのアイドルであるとか。キャリアは長いが、まだ20歳。彼が将来、中年の魅力をだせるミュージカル大俳優になるのを楽しみに待ちたいが、その頃私は何歳になっているかしら、な~んて考えてたら、悲しくなってしまった・・・。

この『ヘアスプレー』、ロングランのブロードウェイミュージカルの映画化ではあるのだが、実は、オリジナルの映画から始まっていることを知った。映画→舞台→再映画のかたち。

1988年に映画がヒットしたのだが、その時に主役のトレーシーを演じたのはリッキー・レイクという女優。やはり、おデブさんだったらしい。だが、その後、彼女は57キログラムも減量し、女優としての役柄を広げ、今なお、アメリカ芸能界で活躍している。

さて、ニッキー・ブロンスキー。彼女も減量するのかしら。今のままのおチビおデブちゃんのキャラも可愛いけど・・・などと、私はひとりお節介な心配をしている。

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2007年9月12日 (水)

『オーシャンズ13』

いつものように自転車を漕ぎ漕ぎ映画館へむかう。『オーシャンズ11』、『オーシャンズ12』に続くシリーズ第3作目となれば、やっぱり見のがしたくない。それに、毎日オサンドンに明けくれる主婦にとって、たまにはイケメンを見たいではないか。

Osyan_2 今作品の悪役はアル・パシーノ。さてどんな憎い極悪人を演じているかと思っていたが、意外に、隙のある、ちょっと間抜けな敵役であった。彼も力を抜いて、楽しんで演じた感がある。でも、さすがに存在感はバッチリ。

アンディ・ガルシアとヴァンサン・カッセルが、顔を見せ、ストーリーに絡んでいたのがおもしろい。前作、前々作を見ていたので、話に含みがあっておもしろかった。今回のゲスト女優のエレンバーキンもなかなか味があった。スクリーンで見たのは久々だが、年齢を感じさせないプロポーションで、さすがハリウッド女優。

今作品もだが、このオーシャンのシリーズを見ていつも私が思うことは・・ストーリーが荒唐無稽でつかみどころがない。お金をかけているようで、さほどの迫力もない。役柄のキャラクターに厚みがなくて、主役がいていないような。ジョージ・クルーニーやブラッド・ピットなど一流スターと無名俳優が同じ囲みの中にいるのは、見ている私には、どこか居心地悪いような・・・。

しかし、何はともあれ、私には楽しいエンタテイメント映画であった。ストレス解消、気持をリフレッシュするには十分。ピリッとしたスパイスに欠けた物足りなさは感じるが、スクリーンから滲み出る温かさが、それを補ってくれる。ジョージ・クルーニーを中心に、俳優達自身も楽しみながら演じて出来上がった“チームワークの映画”という感想をもった。

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2007年8月26日 (日)

『ボル・ベール』~帰郷

まず、ペネロペ・クルスの演技に圧倒された。・・・・・美しくも、タフ。娘を愛し、親を思う、情が深いおっかさん。スペインの庶民の暮らしを背景に、愛と痛みを抱えたラテン女を、生き生きと演じている。

私が、ペネロペ・クルスをスクリーン映像でみるのは、今回が二度目。初めて見たのは、’98年公開の『オール アバウト マイ マザー』での、可憐で清純な尼僧役であった。華のある、可憐な美しさが際だっていたが、まだ若く、人形のような美しさであった。

トム・クルーズとのロマンスで、ハリウッドゴシップを賑わせた頃、ハリウッドの作品にも盛んに出演していた。でも、彼女の情熱的な容貌は、外国語(英語)よりも、やはり、母国語のスペイン語のせりふこそが似合ってるに違いない。

この作品で、ペネロペは、昨年のアカデミー主演女優賞にノミネートされた。ただの美しい女優から一皮むけたような、彼女の体当たり演技は、たしかにそれに価していると思う。・・・女優魂のたまもの?ペネロペは、見事に、この10年間の自分自身の経験を芸の肥やしにしたのかもしれない。003_img_02

私が、猛暑の中、自転車を走らせて、この『ボル ベール』を見に行ったもう一つの理由。それは、『オール アバウト マイ マザー』、『トーク トゥ ハー』のペドロ・アルモドバル監督の作品であったことだ。

二つとも、私にとって忘れられない作品であった。重く深刻なテーマを含みながら、不思議に、見る者の心の琴線に響く。私は、“眞の愛とは?”と、つきつけられた気がしたものだ。アルモドル監督は、誰もが目を背けたくなるドロドロしたものをさりげなく描き、その淀んだ溜まりの中から、人間にとっての眞の愛をすくい取って、私に示してくれたようであった。

『ボル ベール』にも、これでもか、これでもかと、タップリのドロドロがある。だが、その深刻な苦悩を涙と汗に替えて、たくましく、生命力いぱいに生き抜く人間、女達。

ペネロペ・クルスの名演技とともに、私にとって思い出の映画が、またひとつふえた。

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2007年7月16日 (月)

『シャレード』

たまたまチャンネルをあわせたCATVで、オードリー・ヘップバーンとケーリー・グラント主演でヒットした『シャレード』のリメイク版を見た。

2002年の制作のアメリカ映画。監督は『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミ。オリジナル版にくらべ、ハードなアクションが多く、よりサスペンスタッチが強い。かつてヘップバーンが演じたヒロインのレジー役を、アフリカ系イギリス女優のタンディー・ニュートンが演じているのが異色。相手役には、ケーリー・グラントよりぐっと年齢が若返って、マーク・ウォルバーグティム・ロビンスが謎の男の役で、かろうじて存在感をアピールしている。登場人物の設定が多様で、かえって印象が薄くなり、つかみにくい。

オリジナル版を見ているので、ストーリーが分かってるだけに、冷静に見てしまい、どうしても見方が辛口になる。結末までの展開にもう一工夫ほしいとか、説得力ないとか、人物の内面描写が中途半端だとか、まるで映画評論家。テレビの前で、ひとり苦笑してしまった。

見終わった感想としては、シリアスなサスペンスでもなかったという感じ。シャルル・アズナブールやアンナ・カリーナなどが、突然あらわれるなど、意味不明にコミカルな場面もある。オリジナル版のテーマソングが、かすかにどこからともなく流れていたり、監督のしゃれっ気か。

料理にたとえて比べて云うならば・・リメイク版は、庶民的な無国籍料理の店で好きずきに注文して、テーブルに並んだ数々の一品料理かな。だが、どの料理も、おなじみの家庭料理風で目新しいものがない。なかには、“ダイル”(ティムロビンス)という、スパイスの効いたひと皿もあったりはするが・・。

いっぽう、オリジナル版は、高級の五つ星レストランで食べるコース料理。もちろんメインは、オードリー・ヘップバーンとケーリー・グラント。このメイン料理、味付けはいたってオーソドックス。大味ではあるが、材料はすこぶる高級。しかも、レストランの雰囲気がムーディでソフト。食べ終わったあとには、不思議な満足感がある。

40年以上の時が流れてはいるものの、オリジナル版『シャレード』は今なお、私の心に根強く息づいているようだ。ヘップバーンのカリスマ性は私には永遠のものだ。彼女の魅力ににまさるもの、そんな“生きの良い材料”(キャスト、ストーリー展開のサプライズ・・など)が“リメイク版”にあったなら、もっと楽しめただろうに・・と思った。

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2007年4月13日 (金)

『リトル・ミス・サンシャイン』

ひとりひとり、さまざまな問題を背負った家族が、カリフォルニアへの旅の道中をつうじて心ひとつにつながる・・・。笑いのなかにペーソス、ユーモアのなかにシリアスさを感じた。Sunshine

天使のように無垢で、ひまわりの花のように明るいオリーヴの笑顔。トラブルだらけで破綻寸前の家族は、オリーヴの存在をとおして再生へと向かう。世俗的なミスコンには優勝しなかったけれど、オリーヴは一家にとって、まちがいなく、輝く“ミスサンシャイン”。

演じたアビゲイル・ブレスリンちゃんは、9歳にしてすごい演技派。「優勝したい。だって、パパは負け組が嫌いだって言ったもの・・・。」と、おおきなメガネの奥の両目から涙を流しながらグランパに訴える表情は、なんとも胸をうつ・・・。

この映画、当地で上映開始されたのは、先月の23日だった。わたしは、ちょうど忙しさのまっただ中、観ることをあきらめかけていた。一家の母として主婦として、ちょっとシャカリキしすぎて、がんばりすぎていた。そして、思い切って最終日の今日、溜まったストレスをパワーに変えて、ママチャリをとばして映画館へ向かったのだ。

フーヴァー家の主婦、シェリルもがんばっていた。家族の身に起こるトラブルを、一喜一憂しつつ見守っていた。やさしく、そしてエネルギッシュに。オリーヴが太陽なら、シェリルは、月のようなもの?自分は輝かずとも、家族の間をつなぐために、いつも明るくけなげに。

「負け組?負けるのを恐れて挑戦しないことこそ、負け組だ!」グランパの言葉に元気をもらった。

アメリカでは昨年公開され、多くの感動を呼び、賞レースでもおおいに話題になったこの『リトル・ミス・サンシャイン』。私は、かなり遅くに観賞したことになるが、はからずも今の時期に観られてよかった。こころにタップリエネルギーを充電させてもらった感じがする。

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2007年2月22日 (木)

『ドリームガールズ』

アカデミー賞でも6部門でノミネートされ、話題になっているミュージカル映画。Doream

舞台は60,70年代のアメリカ。激動の社会を背景にして、新しい流れが生まれようとする音楽の世界での、栄光と挫折、光と陰。また、白人主導のアメリカ社会で、黒人によるパフォーマンスが受入れられることの難しさと、そのかけひき。3人の女性黒人グループを主人公に、華やかなショービジネスの、表と裏を描いた物語だ。

ジェニファー・ハドソンのソウルフルでなんともパワーあふれる歌声には、圧倒された。今にも声帯が切れてしまうのではないかと、ヒヤヒヤしながら見た。4オクターブの音域がでるという。まだ、25才の若さ。日本で言う“アイドルスカウト番組”の出身らしいが、まことに、実力派のアイドルである。

ジェニファーは、アカデミー助演女優賞にノミネートされ、我が日本の菊池凛子さんとも競っている。ほとんど全編が歌う演技だから、同じ土俵というわけにはいかないと思うが、どんな基準で選考されるのだろう。26日の発表が興味津々だ。

ディーナを演じたビヨンセは、セクシーで、美しかった。前半の“田舎のいも娘”が、蝶のように脱皮して美しく変貌していく。この映画のために、10キロも減量したというが、この一流スターにして、この意気込み!・・・そして、艶のある声と、歌唱力もすばらしい。とくに『LISTEN』には、聴き入ってしまった。さすが今が旬の“ディーバ”。

コメディアンとばかり思っていたエディ・マーフィーも、たしかな歌唱をきかせてくれる。この人のシリアスな演技をみたのは、初めてだったが、才能いっぱいもってるんだなあ。

アメリカ映画の層の厚さと奥深さを、思い知らされた。音楽をいっぱい堪能できた映画だった。

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2007年1月31日 (水)

『雑種犬シリーズ』

先週の土曜日の夜、『トリビアの泉』の特番を見た。その人気コーナー“雑種犬シリーズ”は、私のお楽しみ番組のひとつだ。

今回の実験は、“公園を散歩中に、飼い主が崖に落ちそうになり、助けを求める。さあ、飼い主の危機。そのとき犬はどうするか?”。

わんわん吠えて助けを呼ぶ、あるいは、公園の管理人に事態を知らせに行く・・であれば、“成功”である。

ワンちゃんの“おりこう度”を人間が勝手に解釈するのだから、犬にとっては迷惑かもしれない。でも、必死で演技をする飼い主さんに、ワンちゃんが見せるさまざまなサプライズな反応は、ほんとにおもしろい。今回もおおいに笑わせてもらった。

助けを呼ぶ飼い主の悲壮な声を後に、我関せずとばかりにいちもくさんに逃げ帰る犬。悠々と用を足して、一人散歩を続ける犬。崖にぶら下がる飼い主の手をぺろぺろなめ、あげく飼い主を崖下に落下させてしまう犬等々。・・・・さすが、いろんな犬種の血をひくワンちゃんたちの、100匹100様の個性的な行動。そして、飼い主さんとのほのぼのとした関係がうかがえるのも、ほほえましい。

さて、我が家の“純粋な雑種犬”、ペロちゃん。14歳という高齢のため、目もうすく、耳も遠くなったが、寒さの中、まだまだ元気だ。(写真)

今日ものんびりと日向ぼっこ。そんなペロに、テレビに影響されたお馬鹿な飼い主(わたし・・・)は聞いてみた「ペロや、あんたは私を助けてくれるかな~?」Pe_004_1

「なら、もっと散歩に連れてってくれ~!」という顔をして、ペロはひと声ワン!」と吠えた。

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