2008年8月 2日 (土)

おんまく祭り

「おもしろいから、お祭り、ぜひ来てやね」の、従妹の言葉に誘われて、夫とふたり、今治へ出かけた。

市民の祭り『おんまく』が、今日から開幕。

日も落ちかけた夕刻、従兄妹達と連れだって、多くの人で賑わう広小路に出かけた。

道路には百メートル以上に渡って布が敷き広げられ、そこを舞台に、本日の“みもの”『継ぎ獅子』が、まさに始まろうとしていた。

伊勢の神楽の流れをくみ、300年の歴史を持つ『継ぎ獅子』。人の上に人が立ち、獅子頭をかぶって舞うという、独特の形態をもつ獅子舞は、全国にも例がないという。

愛媛県無形民俗文化財に指定され、今治市の各地区の団体で、それぞれ継承され続けている。この日は、19地区の保存会による、一斉の競演!

Houji_007 Houji_006

Houji_002 Houji_003

ゆっくりと、慎重に、上へと連なっていく。演じる者は真剣。見る者は上を見て口をあんぐり。その迫力に息をのむ。

“神様は天においでになって、私達の生活を見ておられ、守って下さっている。少しでも神様に近づきたいがために、上へ、上へ、と高い所をめざし舞う・・・・”それが『継ぎ獅子』のはじまりであるそうな。

三人連なりで、“三継ぎ”。四人になれば“四継ぎ”という。かつては、なんと、“五継ぎ”も披露されたことがあるときいた。

『獅子児』になって上で舞う子供には、それなりの運動神経が必要だろう。体型(体重)も必須条件。高所恐怖症の子供には、到底無理だ。そして、危険と隣り合わせの演技を、これほどまで習得するには、並大抵の努力と練習ではなかったろうの思いがした。

そして、土台となり、つなぎになって『獅子児』を支える男の人達。全神経を“肩”に集中させているのであろう。どの人も、顔を紅潮させ、歯をくいしばっていた。

一人がこければ、皆こけてしまう・・・。自分の責任を全うしつつ、仲間を信頼しなければいけない。民族文化『継ぎ獅子』を継承する人々は、“一致団結するこころ”の大切さを誰よりも知っていることだろう。

この『おんまく』祭りは、今年で11回目。タオルの街・今治が、今夜ははじけて沸いていた。

Houji_008 『継ぎ獅子』演技の後、『木山音頭』『今治祭り音頭』に合わせて、にぎやかに踊りの行列。

後ろ髪を引かれる思いで、私達は、広小路をあとにした。

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2008年7月31日 (木)

今治~松山

“帰省している従兄弟たちとゆっくり時間をすごしたい~”ということは、私達、とくに夫にとって、この夏一番の願いであった。

そして、それが実現できた。

28日の法事を終え、ほっとしたところで、

今日、今治から列車に乗って、4人の従兄妹たちが松山に出てきてくれた。今治在住の従妹の先導で、神奈川、埼玉の関東組たち。

まず、『坂の上の雲』のファンだという従兄の希望もあって、『子規記念博物館』へ。

Houji_004 私達夫婦を含めて、みんなリピーーターであったが、各自言うには「いつも“駆け足観覧”であった」とか。時間の制約があったり、途中で疲れてギブアップしたりして。

今日は、気合いを入れて、3時間ちかくかけて、ビデオももらさず、ゆっくりと。おかげで充実した時間をすごせた。ただ、資料を見て得た知識が、私の脳にインプットされたかどうかは疑わしいが・・・。

その後、道後をひとまわり。和食レストランで昼食を済ませ、我が家へ。なにせ、熟年世代の私達だ。暑さの中の行動はつらい。休憩が必要ナリ。

食べて、しゃべって。日の陰るのを待ちかね、私達がいそいそ出かけたのは、郊外のショッピングモール。3ヶ月前にオープンした、このショッピングモールは中四国最大の規模だとか。

話しのタネにしてね、とか、みやげ話になるよ、とか言ってみんなを誘ったのだが。はてさて、都会から来た従兄妹達もノリが良く、けっこう楽しんでくれたようであった。

夕食を終えてJR松山駅へ。朝8時30分から、ちょうど12時間。あっという間の一日であった。

・・・・昨年の夏、今頃、夫は病院のベッドで点滴の管につながれていた。従兄弟たちも心配して訪ねてくれたが、言葉をかわすことも叶わない状況であった。

“失った経験で知る、健康の大切さ、素晴らしさ”。

気の置けない従兄妹たちと過ごした今日の一日は、夫にとって、きっと元気の源になったであろう。

そして、夫の楽しそうな笑顔をみられることが、自分にとって、こんなにうれしいことだと、一年前の私なら、気付かなかったかもしれない。

従兄妹のみなさん、ありがとう・・・。

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2008年7月28日 (月)

法事の日

今日は、夫の母方の出里、今治での“法事”の日。従兄弟達を中心に、総勢17人が、この日のために集まった。

曾祖父の百回忌

曾祖父T太郎は、江戸の末期から明治の後半に生きた人。村がしばしばの水飢饉に陥った時は、庄屋として村のために尽力した。また、ローカルの民俗学者としても、郷土を歩き調べ、自筆でしたためた貴重な風土書を残した。

家を継ぎ、今日の法事を司ったY従兄は、たまたま郷土の“史談会”の会員でもあるのだが、地元の史書を調べるうちに、曾祖父に関する資料が多々あるのを知った。

そして、今年の7月28日がちょうど没後100年に当たることもあって、親戚に声をかけ、御先祖様の供養を思い立ったという。

仏事のあと、酒宴の席になってからY従兄は「先にゆく者は導き、あとに続く者は想う」と、なんどもくり返して、皆に向かって言った。

私にはいまいち理解できなかったものの、“御先祖さまがいるからこそ、われわれは存在し得ている。子孫として、つながりを大事にしよう。法事とは、亡き人を偲ぶ仏事であるが、こうして何年に一度、縁者が合して集まり、お互いの和を繋ぐための機会にもしよう”ということを言いたかったのか。

Y従兄からの法事の案内は、T太郎曾祖父のDNAを受け継いだ血縁の者のみならず、私のような、その連れ合いにもあった。「にぎやかにやりましょうよ」と。今日の法事を、打ち解けた『親睦の集まり』にしたいという希望があったのだろう。

Houji_2 さて、玄関前で記念写真。

一人っ子の夫にとって、従兄弟、従姉妹たちは兄妹同然。

私も、みんなとは、30数年来のおつきあいになる。

それにしても、それぞれ、“白くなったり、薄くなったり”(!)。月日の流れとは、正直なもの

朝の11時にお寺さんの読経で始まった法事は、その後、夏の夕日の落ちた夜まで、お喋りの花の咲く場に変わった。

今日のような、何重もの年輪を重ねた、年代物の法事というのは、悲しみにくれることもなく、なかなかいいものではある。

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2008年7月22日 (火)

“わん!ダフル”な、プレート

夏休みも始まったよう。夏本番が、幕を開けた。sunさあこれから一月半あまり、暑さとの闘いだ。

目下の私の気がかりは、ペロばあちゃまのこと。15才という高齢に加え、なにせ、厳暑の中、アウトドアの生活を続けねばならないからだ。

「ペロは、この夏を乗り切れるもんかしら」と、本気で心配する私に、「毛を短~く刈ってやれや涼しくてええんじゃないんか」などと冗談で受け流していた夫。だが、先週、ペロのために思いやりたっぷりのグッズを買ってきてくれた。

ホームセンターのペット用品売り場で見つけたという、その名も『愛情シリーズ・アルミひんやりプレート』。

Pe_003 アルミの放熱効果を利用した、アイデアグッズだ。

体の熱がアルミに伝わるので、座り続けていると効果がでるという。

小型犬用で、大きさは55㎝×40㎝。

さて、問題は、臆病で用心深いペロが、このプレートに座ってくれるかどうかだ。

とりあえず、東側の窓の下に置いて様子をみることにした。この場所は風通しが良く、日中、ペロが好んで寝ている所である。

案の定、ペロは拒絶反応を示した。好物のササミジャーキーで釣ったり、抱え込んで無理に座らせようとしたのだが。

アルミ製のため、プレートは表面がツルツル、テカテカしている。ペロが脚を乗せると、ふんばりが効かず滑ったり、爪が当たってパシャッパシャッと音がする。視力の弱いペロには、そんなことが不気味なのであろう。

Pe_005_3 そっと放っておけば、そのうち油断して、座ってくれるかもしれん。そんなこと思いつつ、そうっと、何度もペロの様子を窺ってみた。だが、・・・やっぱり、

只今“ブロックのベッド”で昼寝中。(ちなみに、“クロネコ”は、ペロの餌を狙うスズメを追い払うための、鳥除け用。)

このブロックの上は、ペロの夜間用の居場所。寝心地は良いのだろうが風通しが良くないので、昼間にはめったに寄りつかないのに。「この反抗犬め、プレートを避けているのか」。pout

ペロは、いっこうにプレートに興味を示そうとしない。

はたして、この『ひんやりプレート』、ほんとに効き目あるのかしら?・・・そんなことを疑い始めた今日のこと。

座っていました~。Pe_001 うれし~。プレートを置いて、三日目でありました。

その昔、我が子にトイレトレーニングをしたことを思い出した。上手にオマルに座ってくれた時の、あの感激に似ている。

ご褒美のつもりで。「牛乳をお飲み」。

ペロが、私達の攻略にひっかかったのか、居場所がないので仕方なく座ったのかは不明。ともかく、”快適”と感じてくれたから座ってるんだと、飼い主としては思いたい。

この『ひんやりプレート』の効果が本物で、ペロが、少しでも、今年の暑さをしのいでくれるなら、うれしい。そして、来年、元気に夏をむかえ、またこのプレートを使ってくれることになれば、ほんとうに“わんダフル”だ。

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2008年7月17日 (木)

夫と“ペット”

夫が、10年来、飼い続けているペット(!?)。それは、メダカ。

メダカ達が一年中でもっとも活動的になる今の季節。夫の朝は、メダカに餌をやることから始まる。

曰く、「腹をすかして待っとるけん」。

メダカに表情があるとも思えんし、喜んで尾ひれを振るわけでもないだろうに・・・。が、夫の話、近づいていくと、自分を待っていたように、群がって寄って来るんだという。

ペロ(犬)の世話はほとんどしないのにdash、メダカに関しては熱心である。餌やりひとつとっても、決して人に委せることはしない。一回分の餌の大きさ(孵化して間がない稚魚には、指ですりつぶして与える)、また、餌をまく場所など、それなりに決めごとがあるんだそうな。

今日も、何度目か、メダカ達のところへ。

Riki_029_2 (写真)どうしてどうして、こう見ると、りっぱな『メダカおじさん』(?)ですナァ。

水槽は、庭の何カ所かに置いてある。

さあ、これから水槽の掃除と水替えをしようというところ。

Riki_028 もともと、古来より日本に生息するのは、黒メダカ一種であったという。

最近では、突然変異種を改良成育させた、白メダカ、緋メダカが多くなった。

夫は、“元気で育てやすい”といわれる白メダカを飼っている。・・・・・

突然、「おいおい!」と、夫の声。一大事?

Riki_027 メダカの水槽の中に、ヤゴがいたのを見つけた。

メダカの数が減っている。すでに、たくさんのメダカが餌食にされていたらしい。

水槽には金網を被せているのに、親トンボはどうやってくぐり抜け、水草に卵を産み付けたのだろう。

ボウフラのわいている水たまりが、庭のそこかしこにあるというのに。場所を選ばず、とんでもないところに入ってきたもんだ~。

Riki_026_2 メダカおじさんの怒りをかって(?)、

あわれ、ヤゴは、ホームレス状態。

メダカをたらふく食べたのだろう。見事に丸々と肥えたヤゴくんであることよ。

それにしても、夫は、どこがおもしろくて飼育を続けているんだろうと、私は考えることがある。

観賞用というには地味すぎるし、食用にはなりっこないメダカ。“か弱い”小魚である分、世話にも手がかかるようだ。水の管理、水槽の掃除、冬越し、など。また、産卵の時期ともなると、夫は最も忙しそうだ。水草に産み付けられた卵を、成魚が食べてしまわぬうちに別の水槽に移さねばならない。

ところが、最近、私は、マスコミ情報で、メダカの飼育が中高年の間で静かなブームになっていることを知った。中高年、とくに男性に多いという話だ。メダカには、おじさま達のこころを癒す何かがあるというのかしら。

・・・水槽の水を替え終えた夫は、メダカ達が泳ぐ水槽を、座りこんで黙って見続けている。そのあまりに穏やかで静かな後ろ姿。声をかけようとした私が、思わずためらうほどであった。

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2008年7月11日 (金)

ひょうたん

知人のOさんが、自作のひょうたん製の置物を持ってきてくださった。

Hyou_002 早速、玄関の靴箱の上に置いてみる。

左のひょろひょろとしたのが、一輪挿し。

右の小さいのは、本来は香入れ。蓋付きだ。

「こ、これがひょうたん?」と、思えるような、奇妙な形。生った実の形を、そのまま利用して、ユニークな加工品が出来上がった。ひょうたんにも、多くの品種があり、種によって、実の形もさまざまなのだという。

ひょうたんを育てるのは一苦労。種まきから始まり、伸びるつるに備えての棚作り、病虫害対策。そして、実を収穫した後、加工するまでにも、中の種子を除去したり、腐らしたり、あく抜きしたりの過程、・・・聞けば、気の長い、根気のいる作業だ。

半世紀近くひょうたん作りを趣味にしてきたOさん。個展を何度も開き、意欲満々に創作されていたのだが、86才の高齢になられた。最近はひょうたん栽培もやめられた由。

曰く、「わっしも、もう年やし。家族はひょうたんに興味持ってない。わっしが死んだら、ゴミに出されるのが関の山。今のうちに、みなさんにもらって頂こうと思いましてな・・・ワハハ。」意外にさっぱりと。

だが、Oさん、ひょうたんへの思い入れは、今もさすがに強いようだ。ひところブームにもなったこともある“ひょうたんブーム”が、最近はその影も薄くなったことを、しきりに残念がられる。

ひょうたんは、畑の連作ができず、栽培は数年おきにしかできない。そのうえ、つる用の棚を作るため、広い土地(畑)が必要である。最近の住宅事情、土地利用など、社会の変化がひょうたん栽培を難しいものにしたのだという。

・・・・最近では身近で観賞する機会もなくなってきたひょうたんの作品。こうして飾ってみると、古い家屋の我が家に、意外にマッチした。

なかなかおもしろいですなァ」の夫のひと声に、Oさんは気をよくされたのか、「また持ってきますよ!」と、うれしい表情をされた。

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2008年7月 1日 (火)

ビフォー、アフター

本格的な夏をむかえる頃になり、夫が、思い立って、一仕事頑張ってくれることになった。

窓用換気扇を取り付けること。これは、私にとっては何年来の願いだったのだが、その取り付ける場所に問題があり、今まで実現していなかった。

窓が、階段の吹き抜けに、というか、二階の洗濯干場に上がる階段横に、あった。 Riki_025

写真・・・階段を上りきったところから、下を見る。広角レンズなので、実際より急勾配で長い階段にみえるが・・。

右方にチラッとみえている窓。

足場がない!我が家の“天空の窓”(?)なのです

Riki_015 はたっ。・・・・夫の考えた方法は、

脚立を倒して階段に据え、釘と紐で固定。その上に、板を横に倒してドッキングさせた。命板だから、しっかり安全に~。

その板を足場にして、さあ、取り付け工事を開始。

めまい、ふらつき症状など、前庭神経炎の後遺症の残っている夫である。しかも、還暦を何年も過ぎた年齢。ひょいと足を踏み外して落ちやしないかしら・・・。私は、ドキドキ。ただ、下から見上げているしかなかった。

Riki_024 かれこれ2時間。

ビフォーRiki_021 (写真・左)

アフター(写真・右)

実のところ、この階段の空間は、西日をまともに受ける。とくに夏ともなると、かなり温度が上昇。sun窓を開いたりするのだが、不用心なので、開けっ放しにしておけない。毎夏の夕方、私は洗濯物をおろしに、この階段を上がって行くのだが、その度に、ムーッとした不快な熱気を浴びざるを得なかった。bearing

夫は、仕上げに、スイッチにタイマー機能をつけ、窓の外側に雨風よけのタキロンを張った。これで工事完了。

・・・体を張って頑張ってくれたyu-yu-papaさん、御苦労様でした。しばらくは、感謝の気持ちを忘れまセン。

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2008年6月23日 (月)

『慰霊の日』に思う。

今日6月23日は、『沖縄慰霊の日』であった。

摩文仁の平和祈念公園で営まれた追悼式の様子が、テレビでも放送された。

公園内にある『平和の礎(いしじ)』に出向く、遺族であろう、多くの人々の姿も映し出されていた。沖縄戦では、9万人以上の、一般県民の犠牲者があった。あらためて63年前の悲劇を思い起こしたことであろう。

碑に刻銘されている戦没者の数は、今年で24万734人になったという。

そして、その中に、実は、平成5年に追加刻銘された、夫の父親も含まれている。義父は、1944年、6月、乗っていた輸送船が爆撃をうけ、3000人余の戦友と共に、沖縄の海の沖に沈んだ。

・・・・・8年前、夫と二人で、平和祈念公園を訪れたことを思い出す。

『平和の礎』に赴いたとき、私は、何十碑といわず並んだ、刻銘碑の数のあまりの多さに驚き、あらためて、その悲劇の凄まじさを感じた。

『県外出身者』の碑列の中から、義父の名を探した。数少ない“愛媛県”出身者の中に、しっかりと彫られたその名前を見たとき、私は、懐かしさに似た不思議な感情を覚えた。

夫は、無言のまま刻字の溝をゆっくりと撫で、じっと見つめていたっけ。

・・・・・かくも多くの人々が命を失ったという現実。『平和の礎』に刻まれた24万人の名前の重みを、今さらながら感じる。私達は、この残酷な事実、悲しい歴史を忘れることはできないだろう。

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2008年6月19日 (木)

座いすdeご座~い(?)

昔ながらの和風家屋の我が家。来られたお客様をお通しするのは、畳の和室である。

そのたびに、私は困ることがある。何がって、辛い正座をして応対しなければならないからだ。お茶を出したら、すぐ引っ込みたいところ。が、そうもいかない。

心やすい相手なら、「ごめんね、膝が悪いものだから」と断って、くずさせてもらうのだが、そうもできない時は、苦労する。

顔でわらって、脚で泣く。やがて、話もうわのそら。膝の痛みに耐えながら、いつ奥に引っ込もうかと、そのタイミングばかり考えてしまったり。

ところが、そんな私も、“目から・・・・”

ある日、初めてみえたお客様が、座布団に座るや、「すんません。脚を痛めてるもんで。行儀が悪いんですが・・・・」と言いつつ、脚をくずされた。

「どうぞどうぞ~」と相づちをうちながら、ハッ。その時、『そうなんだ!私だけじゃないんだ』と、ポロリ“・・・うろこが落ちた”

コンドロイチン、グルコサミンのサプリメントのCMも多い昨今。なるほど、身近にも、膝が悪かったり、何らかの理由で、正座が辛いという人が増えている。

もしかして、今まで我が家に来られたお客様の中にも、そんな方が多々おられたのかもしれない。私同様、心のなかで「脚が・・・・・」bearing、「膝が・・・・」weep、と我慢されていたりして。

・・・・そこでと、思いついて買ったのが、品名Riki_013 『まごころ座椅子』の、この座椅子

高さが3段階に調節できる。顔を見て話すのに極端に座高が違っては、なにかと不都合だと思い、最低の21㎝にした。

試用(?)のつもりで、2脚を座卓に沿わせて置いてみた。『まごころ座椅子』の名のとうり、“どうぞ、お脚をお楽に。ゆったりとおすごしください”の気持をこめて。

さて、最初に座る、勇気ある(?)お客は、どなたかな?

んッ?「お前が座わりたいんやろ?」と、うしろから声が聞こえてきたような・・・?。bleah

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2008年6月18日 (水)

撤去します~!

“庭を歩けば、ネタにあたる”とでも言いたくなるが・・・夕方、庭木の手入れをしていたYu-Yu-papa、また何やら話のたねを見つけたようだ。「おいッおいッ」と、なにやら大騒ぎ。

この前は、鳥の巣に残された“親なき卵”を見つけたばかり。今度は何ぞや?

「こっちい、来てみい」と、私を庭に連れだした。

Riki_018 指さす先の、ばべがしの木を、腰を曲げて見やれば、

何やらつり下がっている。

ハチの巣!・・・スズメバチの巣だ。

正確にいえば、“作り始めのスズメバチの巣”。完成すれば、巨大な楕円球になる。

「それにしても、こんなところに!」と、おどろいた。

というのも、その場所が、あまりに身近で、危険なところにあったから。

Riki_020 そのばべがしは、裏の通用門の、すぐそばに植わっている。

そして、巣が出来てる場所は、

写真でいえば、下方の枝の中だ。

家族が日常、利用している通用門。家族の生活圏に入る。危険、危険。

人間の動く気配や、戸の開閉に驚いたスズメバチに、それこそ、身の丈の高さで、まともに襲われてしまう。

・・・・ひとまず今日は猶予にして、

明日、強力殺虫剤を買って、撤去しま~す。

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