2007年3月14日 (水)

胴体着陸のニュースを聞いて。

昨日の全日空機の胴体着陸のニュース。けが人もなく、大惨事にならなくて本当に良かった。

伊丹~高知の、順調なれば40分間ほどの近距離飛行というのに。事故は、遠・近の関係なく、いつでもどこでも起こりうるものだなと改めて思った。その機にたまたま乗り合わせた人達も、よもやと、信じがたかったことだろう。

胴体着陸を決めた機は、高知空港上を2時間も旋回飛行。燃料消費のためとはいえ、かなりの長時間だ。緊迫した時間が流れ、警察のパトカー・消防車も待機して、不測の事態に備えた。そして、下界で見守る私達は、ことの重大さを理解し、ハラハラしながら無事の着陸を祈っていたのだ。

無事胴体着陸に成功した後、テレビのニュースで乗客の人達が記者の質問に答えていた。「みんな冷静で、落ち着いていた・・・・」「着陸5分前になって、やっと事の重大さに気がついた・・・」などなど。それぞれ興奮の表情で語っていたが、機内は、意外にも平静で大きな動揺もなかったようである。

60人の乗客が、空の上の密室でパニックに陥らなかったのは、機長はじめ客室乗務員さん達の、冷静で的確な指示と行動があったからだろう。「知らぬが仏」というのとは違ったニュアンスであるが、乗客は、深刻な状況を詳しく知らない分だけ、過剰な不安を感じずに落ち着いていられたのだと思う。

“空を飛ぶ密室”、飛行機の事故は、ひとたび起こると、死につながる。客室乗務員さん達は職業上の宿命とはいえ、人間ならば恐怖心もあるだろうに。訓練されているとはいえ、非常時における彼らの平常心は、並々ならぬものだと、思い至った。

ふと思い出したことがある。

たびたび旅行にも出かけるが、幸いにも今までたいした“飛行機トラブル”に遭遇せずにきた私だが、印象に残っている経験が一度だけある。

3年前の3月。沖縄旅行の帰途、那覇から直に松山に帰らず、息子夫婦に会うため、高松空港行きの飛行機に乗った時のことだ。

高松着予定時刻を過ぎても、飛行機は着陸態勢にならない。濃霧回復を待つということで、小一時間ほど高松空港の上での旋回飛行が続いた。空の上での時間の流れは、いつもより遅~く感じる。・・・初めて経験するトラブルに、ちょっと不安な気持ちもよぎった。・・・でも小心者の私が、平常心で時を過ごせたのは、何はさておき、客室乗務員さんたちの、普段と変わらぬ対応のおかげであったろうと思う。彼女たちの笑顔が、私に落ち着きと安心感を与えてくれた。

「岡山へ向かうというアナウンスもあったり、このままどうなるかと思った~」と、私の顔を見るなり息子が言った。空港の到着ロビーでは、何度も状況説明が行われていたという。この時も、上空の平静さとは裏腹に、下界の空港で待つ人達のほうが、ざわざわとあわてていたらしい・・・。

今回の胴体着陸のケースは、事も重大。私の経験とは比べものにならない恐怖の時間があったはずだ。訓練をくり返し経験し、職業意識に徹して乗客に接する乗務員といえど、人間。笑顔の奥には、不安と緊張感があったに違いない・・・。

「着陸の瞬間、拍手が起こりました。乗務員さんたちも涙ぐんでいましたよ・・・・」。インタビューされた一人の乗客が、そう話していた。それを聞いた時、なぜか、私の胸にも熱いものがこみあげてきた。

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