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2008年7月28日 (月)

法事の日

今日は、夫の母方の出里、今治での“法事”の日。従兄弟達を中心に、総勢17人が、この日のために集まった。

曾祖父の百回忌

曾祖父T太郎は、江戸の末期から明治の後半に生きた人。村がしばしばの水飢饉に陥った時は、庄屋として村のために尽力した。また、ローカルの民俗学者としても、郷土を歩き調べ、自筆でしたためた貴重な風土書を残した。

家を継ぎ、今日の法事を司ったY従兄は、たまたま郷土の“史談会”の会員でもあるのだが、地元の史書を調べるうちに、曾祖父に関する資料が多々あるのを知った。

そして、今年の7月28日がちょうど没後100年に当たることもあって、親戚に声をかけ、御先祖様の供養を思い立ったという。

仏事のあと、酒宴の席になってからY従兄は「先にゆく者は導き、あとに続く者は想う」と、なんどもくり返して、皆に向かって言った。

私にはいまいち理解できなかったものの、“御先祖さまがいるからこそ、われわれは存在し得ている。子孫として、つながりを大事にしよう。法事とは、亡き人を偲ぶ仏事であるが、こうして何年に一度、縁者が合して集まり、お互いの和を繋ぐための機会にもしよう”ということを言いたかったのか。

Y従兄からの法事の案内は、T太郎曾祖父のDNAを受け継いだ血縁の者のみならず、私のような、その連れ合いにもあった。「にぎやかにやりましょうよ」と。今日の法事を、打ち解けた『親睦の集まり』にしたいという希望があったのだろう。

Houji_2 さて、玄関前で記念写真。

一人っ子の夫にとって、従兄弟、従姉妹たちは兄妹同然。

私も、みんなとは、30数年来のおつきあいになる。

それにしても、それぞれ、“白くなったり、薄くなったり”(!)。月日の流れとは、正直なもの

朝の11時にお寺さんの読経で始まった法事は、その後、夏の夕日の落ちた夜まで、お喋りの花の咲く場に変わった。

今日のような、何重もの年輪を重ねた、年代物の法事というのは、悲しみにくれることもなく、なかなかいいものではある。

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