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2008年2月13日 (水)

起こしてゴメン。

玄関で、鉢植えを整理している夫が、何か言っているのが聞こえた。

私を呼んだのかな?と思い、行ってみると、そうではなさそう。夫は、軍手をはめた自分の右手を、顔の近くに寄せ、何かに話しかけているように見えた。「オイッ、オイッ」。

そして、こちらを向いて、私に言った。「ヤモリが、鳴きよるんぞ~」

Yamori_004 近づいて夫の軍手の先を見ると、指につままれた何かが、ウゴウゴしている。小さなヤモリであった。まだ赤ちゃんだろうか。細く小さい体をくねらすようにして、もがいていた。

耳を近づけると、なるほど、鳴いている。ヤモリ(?)をだすのを初めて知った。

ギャョウ~ギャョウ”とでも表現しようか、か細いが、カエルの声に似た、つぶれたような鳴き声であった。

頭が裂けんばかりに、口を大きく、カァ~ッと開いて鳴いている。その形相は、小さいながら、ヘビのように見えた。グロテスクで、すごい迫力。助けを求めているというより、冬眠を妨げられたことに憤慨して、私達を威嚇しているように感じた。

写真・・・解放され、「やれやれ・・・」と、いったところのヤモリ君。Yamori_005_2

「また、新しい寝床を捜さにゃならん」とばかりに、そそくさと、草むらに消えていった。

今は、頭の先から尻尾まで、3㎝ほどの大きさ。だが、まだまだ、春遠し。今日のことに懲りず、この先すくすく育ってくれればいいが。

この夏には、我が家の玄関のガラス戸で虫獲り仕事に励んでいるかもしれない。りっぱに成長したヤモリ君と、再会したいものだ。

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2008年2月11日 (月)

冬の散歩にて

今日も、空は薄グレー色の雲に覆われていた。・・・昼下がり、夫が所用で外出するというので同行し、かたがた、冬の町を散歩した。

自宅から北へ、北風に逆らうように向かった。城北方面を散策するなど、めったにないことだ。子どものころ住んでいたなつかしい萱町商店街をぬけて、本町へ。

「『松の露』、買っていこッ」。ふと、あの豆菓子を思い出した。「あの店、まだあるかなァ」

本町の大通りから狭い路地に入った所に、昔のまま、その店はあった。間口一間ちょっとの木造の古い家。小さな看板が引き戸にかけられただけの、めだたない店構え。そこで、70歳をいくつか過ぎたおばあさんが、昔ながらの味の『松の露』を、一人で製造販売し続けている。Karasumatutuyu_002

ここで売られている『松の露』は、独特の風味である。外側の殻が硬焼きで、香ばしい。最近よく売られている甘辛味でなく、シンプルな醤油味。子どもの頃から私が馴染んできた味だ。この味の『松の露』は、今では、スーパーなどでは、見つけにくくなった。

写真・・・右の茶色のものが、オリジナル。左は、砂糖をからませたバージョンのもの。

各、一袋500円。中味は幾分少なめになったとはいえ、価格も昔のままなのが、嬉しかった。そのことをおばあさんに話すと、「・・・・そうよそうよ、みんなが買いに来てくれるケン、あたしも、デケルるだけがんばっとるンよ」と、目を細めて云った。

木屋町を抜けて、堀之内公園へ入った。

国立ガンセンターや市営競輪場が移転、取り壊された跡地が、やけに、だだっ広く感じられた。市民のための、緑いっぱいの公園が造られるという計画であった。が、遺跡調査中ということで、工事は、進んでいない。

Karasumatutuyu_001 あたりの静かな空気の中、カラス達の鳴き声と、羽で風を切る音だけが、あたりに響いた。

この辺りを根城にしているのだろうか、広い跡地には、何十羽というカラスたちが、群れ寄って来ている。(写真は、ほんの一部なのです・・・)

夕暮れの中、ちょっと、気味の良くない風景ではあった。

その後、商店街をぶらぶらしながら家路へ。思いがけず、3時間をかけての長い散歩となったが、冬ごもりのクマ夫婦の私達には、なつかしくも刺激的なひとときとなった。

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2008年2月 7日 (木)

整体・・・その後。

S整体院との、1月の「さて?・・」の出来事のあと、私は、別の整体院へ通い始めている。・・・・・・・・

23日に予約のすっぽかしをされた以降、迷ったのだが、結局、私は、あらたな予約をいれなかった。

当のS整体院からは、1月末に一通の郵便が届いた。私は、「すわ!」と思って開いた。封筒の中に入っていたのは、一枚の紙。『継続施療の皆様へ』で始まる“施療料の改正とメニュー一覧”の文が印刷されていた。

単なる、“ビジネスガイド”というべき内容であった。私は、正直、ちょっとがっかりした。印刷文の最後に、たとえ一行でも、S氏の自筆で、弁解なり謝罪なり、何らかの言葉が添えられていたら、と残念だった。S氏自身は決して不誠実な人ではないだろう、が、プロの仕事師としては、大事なものが足りてないぞ、とあらためて確信したのだった。

だが、ともあれ、この手紙で、私の気持に踏ん切りがついたことは確か。・・・

自分の老後を元気ですごしたい一心で、体のメンテナンスを始めたばかりというのに、このまま中断するのは、あまりに口惜しい。・・・そこで、先週、あらたな整体院に行ってみた。自宅からほど近いH整体院。H氏は、口数の多くない温厚な感じの人であった。開業して長く、ベテランの様子。手技中心のソフトな東洋整体の施療法も、私に合っているようだった。

そして、今日は、二回目の施療であった。下肢部は膝中心に整形外科で治療を受けているため、整体では、上半身を重点的に施療を受けた。コリコリと、ツボに当たる刺激は、まさしく”イタキモ”である。

長年の慢性的凝り症状のため、何層もの凝りができてしまった私の体。果たして、この首筋の張りや背中の重苦しさから、解放される時がやってくるのかしら。

長い道のりになるかもしれない。ここしばらくは、H整体院に通い、俎上の“鯉”、ならぬ、“トド”になりきる覚悟をしなきゃあいかん・・・。

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2008年2月 6日 (水)

あの“手”が好き。

NHK教育テレビのギターのレッスン番組で、久々に、荘村清志さんを見た。

ギターに無知な私だが、彼の演奏には、いつも、ついつい“見とれて”しまう。“聴き入る”のではない。彼の演奏する“手”を“見る”のだ。

私は彼の“手”が、昔から、大好き。荘村さん自身は、さすがに若い頃とは雰囲気も変わっていたが、“手”は以前のまま。肉薄で、しなやかな長い指が、ポロロンッ~と弦をはじく。そして、その動きは、あいかわらず美しく魅力的であった。・・・・

「異性のどの部分に、まず、目がいきますか?」などと、よくテレビのバラエティ番組で話されたりする。そんな時、私なら、迷わず、「手で~す」と答えるだろう。

どういうわけか、若いときから私は、長く、しなやかな指に惹かれた。節が太く短かい、自分の指を見慣れている反動かもしれない。・・・もし、顔も自分の好み、スタイルもまあまあという男性と会っても、その人の指が、丸っこく短かったら、ガクンとへこんで、気持も引いてしまうほどだ。

「あなたのような人を、指フェチっていうのよ」と、ある時、誰かに言われた。以来、「そうか」、と思い、「私、指フェチなのよ~」と、人にふれていたものだ。

最近、フェチ、つまり、その語源である“フェチシズム”の本来の意味を知った。『異性の身につけるものや、髪の毛などによって、性的快感を得ること』ということらしい。・・・知らないこととはいえ、軽々しく「指フェチなの~」などと、私は、ずいぶん、大胆にアブナイ言葉を発していたものである。

これからは、「長い指が、好きですゥ」と、上品に云うことにします。

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2008年2月 2日 (土)

今日のランチ。こんなモンジャ

以前、東京みやげに頂いて、そのままにしていた「もんじゃ焼きの素」のことが気になっていた。

最近マンネリになった我が家の昼食だが、今日は、この未知の味に挑戦してみよう・・。

お好み焼きなら、広島流でも関西流でも、大好物なのだが、もんじゃ焼きは、まだ食べたことがなかった。テレビの朝の情報番組で、タレントが焼いて食べているのをみたことがあり、なんやらユニークな焼き方だったのを思い出す。

“東京下町の味”といわれる、もんじゃ焼きとは、いったいどんな味じゃ?

「食べてみようや~!」。帰省中の娘の、調子よいかけ声で、昼食の幕が開かれた。

 Kenkoutya_007_2 ・・・ “浅草もんじゃ”と、“月島もんじゃ”の二種類の袋。所変われば、もんじゃの味も違うん?

それぞれに、材料が入っている。切りイカ、干しえび、天かすは、定番の具になっているらしい。あと、ソース、粉、青のり、削り粉。水と、キャベツを用意すれば、あとは焼くだけ。

“浅草”、“月島”といっても、作り方はほとんど同じ。具を、だしに混ぜてから炒めるか、混ぜないで炒めるかの違いだけだ。

Kenkoutya_006 ええい、二袋まとめて焼こう我が家流“松山もんじゃ”

粉を分量の水で溶いてダシを作る。かなりゆる~くなる。

先に具を炒めて、土手を作り、ダシを流し、火が通ったら具にまぜる。同じことを、何回か、くりかえすというのが基本の焼き方らしい。そして、・・・・・写真のように大きくなった。

いろんな味のバージョンもアイデア次第。コーン、ツナ、乾ラーメン、たらこ、などなど、いろいろのせて。

味は、・・・お好み焼きの食感とは、かなり違って、水っぽく、淡泊である。だが、食べ進むうちに、粉の水分が徐々に抜け、味がしっかりしてくる。ねちょっとした食感と、ソースの焦げた臭いが絶妙のいハーモニー。なつかしく、後を引く味であった。

おもしろいのは、付属の小さ~なへらで、鉄板をこそぐようにして、ちまちまと食べていくこと。鉄板の上のひとつのもんじゃ焼きを、お喋りしながら、ふーふーと冷ましながら、忙しげに、みんながつついて食べる。遠慮も堅苦しさも無用。

もんじゃ焼きが、下町の味として愛され続けてきたわけが、よくわかった。

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